今日の日記
2002年9月1日人を滅入らせる話をする人ってのがいる。
うちの父がそうだ。
十何年も前のことを今だ後悔して立ち直れずにいた。
こうしてやればよかった、ああしてやればよかった、お前に悪かったよ、お前がやりたいって言ってた事どうして許してやれなかったんだろう、お前の人生狂わせてしまった・・・
そんなことを帰省するたびに言われていた私たち兄弟は、いつか家によりつかなくなった。
今更言ってもしょうがない後悔のタネを持ち出されても、苦い思いがよみがえるだけで、何の得にもならない。
私たちがやりたいと言っていた事などある意味子供のたわごとであって、その時親との話し合いで道を選んだのは自分自身だし、今の人生は身の程であるということを納得している。あの時父さえ反対しなければ・・などと毛頭思っていない。今の道を支えてくれ、金を出してもらった親に感謝している。
ところが私たちが後悔していない、感謝していると言っても、父には理解できなかった。
ただ自分が後悔していることをいつまでも逡巡し、謝っていた。
前向きになれなかった。
そんなことをいつも聞かされて、私たち家族はとても気が滅入ったものだった。
うちの父はとてもやさしい人だ。
そのために心が弱かった。
傷ついたきっかけは、親戚の裏切り。
どんなに自分がまっすぐ生きていても、人は他人を利用し自分の身を守るものだ。
まっすぐ生きているからこそ損をする、人を疑わなかったから裏切られた。
運が悪かったと思ってあきらめるしかないのだが、とてもつらい思いをすれば、人は立ち直るのにかなりの時間を要する。
立ち直れないまま、父はそろそろ痴呆の歳にきた。
今は過去のことを持ち出すことも少ないが、いまだに私たちに何かしてやれないかと時折考え付いたりして話して聞かせる。とてもやさしい人だ。
しかしそんなことより自分の身を心配してほしいものだと思う。。情けなく申し訳ないことだが、私たち兄弟はいまようやく自分の人生を1人で責任持てるようになったところで、まだ親の世話をする余裕というものをもっていないのだ。
いま父はのんびり暮らしていて、余り精神に波風が立つこともないようだ。
このまま悩むことなく、幸せに行ってほしいものだと思う。
私たちには、滅入らせる話をするあなたを支えてやれる心の広さがなかった。
でもまずあなたが自ら前向きというものを知ってくれないと、私たちの精神力が、磨り減ってしまう。
これは父の話であるが、同じことを私もしているかもしれないと思う。
裏切られたことにこだわり、責めることしかしない。人の世はそういうものだ、しょうがないのだと割り切れない。
いってもしょうがないことをグチグチいつまでも友人に話して聞かせる。
さんざん聞かされて、ふーんと思ってくれていればいいのだが、ひょっとしたら、私と話をするたび滅入っているかもしれない。
割り切れる性格であればよかったのに。人生もっと楽で、たのしいものになるだろうに。
約束を違えられたことを、「ふーん、あっそ。じゃーいいよ」ですませられれば。
ただ私にはその程度ですませられる約束ではなかった。
例えば私にとっては、その約束さえ守ってくれれば、今の彼女と結婚してくれたっていいとさえ思えるものだった。
しかし彼は約束を違えた。
私は怒った。
違えたことにではない。「約束破ったおわびに、あなたのいう通りにするよ」といった彼自身の言葉さえ実行しなかったことにだ。
彼には譲れない一線があったのだが、それを口に出さなかった。最後の最後で、その一線を押し通した。「あなたのいう通りにする」という約束さえ果たされなかったということだ。
あなたのいう通りにするという言葉さえ信じて、そのために私は考え悩み、時間を割き。
その結果が「有限不実行」・・私は傷つき悲しみ狂った。
しかし、彼にとってはその程度のことだったのだ。仕方がない。
また信じた私がバカだったということだろう。
うちの父がそうだ。
十何年も前のことを今だ後悔して立ち直れずにいた。
こうしてやればよかった、ああしてやればよかった、お前に悪かったよ、お前がやりたいって言ってた事どうして許してやれなかったんだろう、お前の人生狂わせてしまった・・・
そんなことを帰省するたびに言われていた私たち兄弟は、いつか家によりつかなくなった。
今更言ってもしょうがない後悔のタネを持ち出されても、苦い思いがよみがえるだけで、何の得にもならない。
私たちがやりたいと言っていた事などある意味子供のたわごとであって、その時親との話し合いで道を選んだのは自分自身だし、今の人生は身の程であるということを納得している。あの時父さえ反対しなければ・・などと毛頭思っていない。今の道を支えてくれ、金を出してもらった親に感謝している。
ところが私たちが後悔していない、感謝していると言っても、父には理解できなかった。
ただ自分が後悔していることをいつまでも逡巡し、謝っていた。
前向きになれなかった。
そんなことをいつも聞かされて、私たち家族はとても気が滅入ったものだった。
うちの父はとてもやさしい人だ。
そのために心が弱かった。
傷ついたきっかけは、親戚の裏切り。
どんなに自分がまっすぐ生きていても、人は他人を利用し自分の身を守るものだ。
まっすぐ生きているからこそ損をする、人を疑わなかったから裏切られた。
運が悪かったと思ってあきらめるしかないのだが、とてもつらい思いをすれば、人は立ち直るのにかなりの時間を要する。
立ち直れないまま、父はそろそろ痴呆の歳にきた。
今は過去のことを持ち出すことも少ないが、いまだに私たちに何かしてやれないかと時折考え付いたりして話して聞かせる。とてもやさしい人だ。
しかしそんなことより自分の身を心配してほしいものだと思う。。情けなく申し訳ないことだが、私たち兄弟はいまようやく自分の人生を1人で責任持てるようになったところで、まだ親の世話をする余裕というものをもっていないのだ。
いま父はのんびり暮らしていて、余り精神に波風が立つこともないようだ。
このまま悩むことなく、幸せに行ってほしいものだと思う。
私たちには、滅入らせる話をするあなたを支えてやれる心の広さがなかった。
でもまずあなたが自ら前向きというものを知ってくれないと、私たちの精神力が、磨り減ってしまう。
これは父の話であるが、同じことを私もしているかもしれないと思う。
裏切られたことにこだわり、責めることしかしない。人の世はそういうものだ、しょうがないのだと割り切れない。
いってもしょうがないことをグチグチいつまでも友人に話して聞かせる。
さんざん聞かされて、ふーんと思ってくれていればいいのだが、ひょっとしたら、私と話をするたび滅入っているかもしれない。
割り切れる性格であればよかったのに。人生もっと楽で、たのしいものになるだろうに。
約束を違えられたことを、「ふーん、あっそ。じゃーいいよ」ですませられれば。
ただ私にはその程度ですませられる約束ではなかった。
例えば私にとっては、その約束さえ守ってくれれば、今の彼女と結婚してくれたっていいとさえ思えるものだった。
しかし彼は約束を違えた。
私は怒った。
違えたことにではない。「約束破ったおわびに、あなたのいう通りにするよ」といった彼自身の言葉さえ実行しなかったことにだ。
彼には譲れない一線があったのだが、それを口に出さなかった。最後の最後で、その一線を押し通した。「あなたのいう通りにする」という約束さえ果たされなかったということだ。
あなたのいう通りにするという言葉さえ信じて、そのために私は考え悩み、時間を割き。
その結果が「有限不実行」・・私は傷つき悲しみ狂った。
しかし、彼にとってはその程度のことだったのだ。仕方がない。
また信じた私がバカだったということだろう。
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