誕生日おめでとう。

2003年1月14日
誕生日おめでとう。

また素敵な本を教えてくれて、ありがとう。

私に、あなたの世界のほんの一部分を

教えてくれてありがとう。


今日この日に

あなたの日記を読めた偶然に感謝します。

あなたにめぐり会えた偶然に感謝します。

誕生日おめでとう。

そこにいてくれてありがとう。



2002年の感謝。

2002年12月31日
どうしても今年中に書いておきたいので
本日日記を書いています

今年私にはとてもいろんなことが起きました

人生のうち多分これ以上悪い期間はもう来ることはないのではないかと思うくらいです

いや、これからももっとあるかもとは思っていますが。

そういうことになっても闘える強さを身に付けられた年だったと思います

だから私は今の自分がとても好きだし

とても周りの人々に感謝しています

ここの日記で出会った人たちにもです。

私に新しい考え方を下さった方々
本当にどうもありがとう。

よいお年をお迎えください

私たちにとって
新しい年をすばらしい年にできますように

そして私たちが
できるだけ沢山の幸せを
 経験できますように
できるだけ沢山の時間
 楽しくいられますように


2002年末日

今日の日記

2002年12月11日
結婚は

恋愛の延長ではなく

信頼の積み重ね

 
 
ですか?
 
 
 
そして

信頼関係のうちに

愛が育まれていくもの
 
 
 
 
ではないのですか?

時間が経つのって

2002年11月14日
あっという間よね〜

どうせ同じ時間過ぎてくんだから

過去のどうにもならないことを思って泣くとか
未来に不安になるとか
そんな自分のこと肯定できないとか

そういったことで暗くなるよりも

今できることを
これだけのことしかできない自分を
認めてあげて

もっと楽に生きたいものだ。

時間だけはみんなに平等に与えられて
死もみんなに平等にやってくる

だったら
それまでの時間は
明るく過ごしたほうが

人生楽しいじゃない?

自分がつらくなることにわざわざ
向き合わなくてもいいじゃない?

「神様は決して人が耐えられないほどの
試練を与えはしない」

前はそんなこと信じてなかったけど
この頃そうなんだなって思えるようになった

人生は不平等だけれども
私に与えられてる試練と
人に与えられてる試練は
形も大きさも重さも違うけれど

それはその人それぞれの試練なのであって
そして私たちはそれを必ず乗り越えられるのだと

そう思えるようになった
だから、生きるのが楽。

だってそう思わないと
悲しくてつらくて苦しくて

やってられないじゃない?

やばい

2002年10月23日
ここんとこ突っ走ってるせいか
自分のしたこと、記憶になかったりしてる・・
脳内ホルモンってこわいぜ。

自分に素直に正直に

2002年10月22日
元彼と会ってることって
そんなに「人として」ダメなことかなあ?

彼一筋になれないならしょうがないことじゃない。
好きになれって言われて好きになれないのと同じように、
強制されてできるものじゃないじゃない。

私は「あなたとなら友達でいられるし」
って別れを告げられた。
聞きようによっては素敵ですけどひどい言葉。
だけど私は「一緒にいられないのは悲しいけど、
友達として付き合っていけるんなら、それでいいや・・・」
泣きながら決心。

だけどその一ヵ月後には
元彼は私からの電話にもメールにも答えてくれなくなった。
理由は彼女が泣くからだそうです。
イイ男ですネ。

でも私はすごく悲しくておかしくなっちゃった。
友達でいられるって言われたから別れたのに。
元彼は私を引きずってるとこがあって、結局友達だとは思えず
それで彼女が泣くから、もう連絡取らないんだそうです。

別れて関係を続ける男もひどい奴だけど
私にとってはこの男も充分ひどい奴です。
いい男なのは彼女にとってだけ。
誰にでもいい顔してもしょうがないからこれでいいんだけどね。
おさまらないのは私だけ。

だから、私からすれば、元彼に会えてるって
すごくうらやましいこと。

会えなくなったら、狂うんじゃない?


その気持ちのままでの結婚はしないほうがいいと思うけど
もうちょっと楽にしてていいと思うよ。

そんなに悪いことじゃないよ。

再びダメ人間

2002年10月9日
再度職を離れた私は
あっさりとまたダメ人間に戻った。
日の出とともに寝つき
夕方起きだし母の手料理を食べ。
そしてまた寝る。
私ってなんて幸せなのだろうと思う。
充実感はないが。

働かずに食っちゃ寝できるなら
それが一番私にとって楽なのかも。
誰とも会わず、煩わされることもない

「世界が狭くなる」
「ひとりで生きてくのは淋しいぞ」

・・おっしゃる事はわかりますが
『世界を広げるために』
『独りで淋しくないように』
誰かと関わってるのですか、アナタ?
なんか本末転倒じゃありません?

いいやいいや私は。
このまま独りでいても。

『何かのタメに』
『自分を向上させるために』
そのために無理して
がんじがらめに苦しくなるなんて、
ホント本末転倒。

だからいいやこのまま好きなだけのんびりしよう。

だってそのうち
飽きてくるに決まってるからね、
こんな何もない生活にも。

ほどよい刺激があり
ほどよい穏やかさがあり
山あり谷あり
バランス取れて、ゆったりと
鷹揚に生きるのが理想なんだけどなあ

あっまた
「逃げてるだけじゃんお前」
っていう声が聞こえる



一度立ち止まって
周りを見渡してみたり
後ろを振り返って反省するってことって
必要だなあ、と改めて思った。

私にとってネット日記って、吐き出し口であって
気分の高揚もないときは書くこともない
日記をなんとなく続けることでそのときの気分を引きずってるのが
なきにしもあらずってことにも気が付いたり。
続けてるものを無理やり断ち切ることで
引きずってたことがなんかどーでもよくなったり。
影響し合うものなんかなあ、と。

うーん全然うまく言い表せてないような・・

これは最近別々のところから聞いた同じ言葉。
「自分の気持ちを自分の言葉で表わせるようになろう」

できたらいいなあ・・
とりあえずはそれを目標にぼちぼちとやってくつもりです

ひさびさ日記。

2002年10月2日

中学の卒業文を目にする機会があり
同級生の女の子がこう書いていた。

「私だけじゃなく、みんなも
楽しい思い出ばかりじゃなくて
悲しい思い出もあると思います」

驚いた。
わずか15歳の少女が
「私だけじゃなく『みんなも』」
という発言をすることに。

私は、自分ではあまり自覚がないものの
わりと『自分が自分が』の人。
飲み会なんか人の集まりでは「みんな楽しんでいるだろうか」
というような気は遣う。自分が幹事であれば
「みんな楽しんでくれて良かったです」のような感想は書くだろうが
学校の卒業などという節目で、
「みんなどんな思い出があるだろうか」ということに思いを馳せはしない。
『自分が』卒業するから淋しいなあとか
これから『自分が』体験するであろう未知の世界にワクワクしたりとか
そういう考え方しかしない。してなかった。

だから、オトナになって目にした
同級生の大人びた言葉に驚いた。
彼女は私がほんの最近まで知らなかった
「『みんなは』どう思うのだろうか」
という考え方を、当時すでに持っていたのだ。

彼女はいじめられっ子だった。
昔は普通だったのに
小学校高学年、中学校になって
とくにいじめられていた気がする。
今のような陰湿ないじめではないものの
何の理由もなくからかわれたりしたのは
つらくないことではないだろう。

彼女はこうも書いていた。

「これからの人生長いのだから
後悔することない思い出を作っていきたい」

彼女の中学生活はすごくつらかったのだと思う。
ほんの15歳で『まだ人生は長いのだ』
という考えを身につけてしまうほどに。

いま彼女はどうしているだろう。
高校卒業後、早くに結婚し、早くに子供を産み。
元気でいるだろうか。
幸せにやっているだろうか。

元気でいてほしい。幸せでいてほしい。
人生が不公平なのは知っているが
あなたが幸せになれないのは絶対におかしい。

[まめみこるさんの便乗ネタです。]


月並みですが、私は世界が終わる瞬間は
「スキな人とKissをしていたい」
と思います。

世界が終わる日を知ったときに
好きな人と付き合っていないとしたら、会いに行きます。
たとえその人に別の相手がいたとしても
自分の想いは伝えにいきたい。

自分の素直な想いを伝えないという事がいかに
心残りになるものか、分かったから。


会いたいと思う人がいなかったら、
たばこ吸いながら一人で部屋の窓から町を眺めてるかなあ。
・・ひょっとして見知らぬ男とキスをし子作りしてるかもしれないけど
皆自暴自棄になってて襲われたり殺されたりするのは嫌だから
外に出る勇気がないかも。
(世界の終わりでもやっぱり殺されるのは嫌と思うのかなあ??)

・・というのが今の気持ち。

個人的には『ディープ・インパクト』(だっけか?)の
父娘が最後に和解・再会し、抱き合いながら大波に飲まれる・・
シーンが好きです。


☆★☆☆☆★☆☆☆★☆☆☆★☆
>pyonさんへ

文章から感じられるpyonさんの思ってること、感じ方、
言いたいこと、葛藤、不安、信念、
そんなものが、えむと感じるものが似ているなって思いました。
心理テストは 「羊→猿→牛→ライオン→馬」
というほぼpyonさんと逆の答えだったのですが、なぜそう思ったんでしょう
まだ知ったばかりなのに日記を削除されてしまうのはとても残念です・・

人はどうしても弱いときも・・依存しなければやっていけない時期もあるから
そういう時だけならば逃げても許されるときはあるんじゃないかと思います。
もちろんいつまでも逃げてばかりでは前に進めないし格好悪いわけで
ここで逃げちゃいけないと思うその時期はその人自身が決めることですよね


私はネットに依存してます
ネットでしか知り得ない出会いや考えもあるから
それはそれで大切なんだけれど
でもいつまでもこれだけに時間を取られるのではいけないと思う
もっとリアルに人と関わりたいと思うし
リアルな世界で成長していきたい。

私はpyonさんのようないい女になりたいです
「ほかっ」を感じられる女性でありたいと思います

読んでもらえるかどうか分からないけれど
どうしても言っておきたかったので・・

あ、あと、私は浜田省吾の「J・BOY」が大好きなのです


☆★☆☆☆★☆☆☆★☆☆☆★☆

やるべきことがあるときに限って、ネットに逃げこんでいる私。
ほんとにこれじゃイカンのです。
しばらくお休みしなくては・・

私、うまくバランスとることが出来ないんですよね。
熱しやすく冷めやすく没頭するときは何時間でも集中する。
性質的に 「All or Nothing」 生きるの疲れます。
それが格好良く見える人もいるらしいですが・・ドコガ?

次に出てくるときはもうちょっと新しい私であることを願って・・

(↑って、そんな簡単に人間変わらないけどね。
大事なのはそうしようっていう自分の意志と
遅々としてても目標へ進んでることでしょう。)

今日の日記

2002年9月11日
私は自分の目線でしか物を見ていない人ではないと、自分では思っている。
(のですが、他人から見たらどうなんでしょ)

まわりが見えているという事はどういう事か?
あなたが心配して言ってくれたことを素直に受けとめろということか?
私には私のペースがあるんだ。なぜあなたの都合の今、受けとめなきゃならないんだ?

他人の話を聞いていてわかったつもりになっているあなたの方がまわりが見えていないのではないのか?
他人の話などそれなりにしかわかるはずがないという事をわきまえた上で意見を言うべきじゃないのか?
うわっつらしか聞かない、自分の目線でしかものを見れないその態度は何とかならないのか?


同属嫌悪でしょうか。

今日の日記

2002年9月10日
私は可哀想と思われたがりな人だ
傷ついたときには人に同情され、
よしよし、かわいそうにと言われたいと思っている

子供のころ、ゴミ収集車のうしろにいて
ゴミを巻きこむ時にはね飛ぶ汁を引っ被ってしまったことがあった
臭い汁まみれの私を見て父は
「このバカが」
と言った

まあ何てことない言葉だろうが
その言葉に私はとても傷ついた
いたずらをしていたわけではない
ただ車の後ろにいてゴミが巻きこまれる様を見ていただけだ
ゴミの汁をかぶって一番ショックだったのは私だ
だけどかわいそうにと言ってくれる大人は1人もいなかった

そんな風に、自分が傷ついたときは
かわいそうにと一言でも言ってくれる人がほしかった
だけどそんなドラマのような人がそうはいないのが実際だ
そんなことくらいで・・と人から見ればたかがしれてることはわかっている
傷つくポイントなんて人それぞれなのに
自分でアホだなあと思ってがははと笑い飛ばせれば
傷つくことも人に同情を求めることもしないですむのに

弱い人間なんてつまらない
損するだけだ
強い人間になれればいいのに
だけど私には強い人間と冷たい人間の違いがわからない

は。

2002年9月6日
「北の国から」
あんま泣けなかったなあ・・
明日も泣けそうにないし。

はあ。
このままのんびりずるずるしてたいけど
もう決めちゃったもんなあ・・

母より長電話。
電話越しのPCヘルプは疲れるわ。
しかもMac。忘れとるて。

今日の日記

2002年9月5日
どうせ死ぬんだから
好きなことやろー

にっちもさっちも行かなくなったら
そのときくびを括ろう

過去のことうだうだ言うのはやめよー
どうせ元に戻らないんだから
何したって変えられないんだから

時間は前に向かって流れてく。

自分中心

2002年9月4日
自分の人生、自分中心に考えよう。

怒らせた相手に下手に出て謝るなんてやめよう。
それは相手に悪いと思ってるんじゃなくて、私が相手によく思われたいが為なんだもの。

もともと悪いのは相手。言いたいこと言おう。
自分が楽になれる道考えよう、今まで私が悔しいと思ってきた相手がみんなそうだったもの。


今日の日記

2002年9月1日
人を滅入らせる話をする人ってのがいる。

うちの父がそうだ。
十何年も前のことを今だ後悔して立ち直れずにいた。
こうしてやればよかった、ああしてやればよかった、お前に悪かったよ、お前がやりたいって言ってた事どうして許してやれなかったんだろう、お前の人生狂わせてしまった・・・
そんなことを帰省するたびに言われていた私たち兄弟は、いつか家によりつかなくなった。
今更言ってもしょうがない後悔のタネを持ち出されても、苦い思いがよみがえるだけで、何の得にもならない。
私たちがやりたいと言っていた事などある意味子供のたわごとであって、その時親との話し合いで道を選んだのは自分自身だし、今の人生は身の程であるということを納得している。あの時父さえ反対しなければ・・などと毛頭思っていない。今の道を支えてくれ、金を出してもらった親に感謝している。
ところが私たちが後悔していない、感謝していると言っても、父には理解できなかった。
ただ自分が後悔していることをいつまでも逡巡し、謝っていた。
前向きになれなかった。
そんなことをいつも聞かされて、私たち家族はとても気が滅入ったものだった。

うちの父はとてもやさしい人だ。
そのために心が弱かった。
傷ついたきっかけは、親戚の裏切り。
どんなに自分がまっすぐ生きていても、人は他人を利用し自分の身を守るものだ。
まっすぐ生きているからこそ損をする、人を疑わなかったから裏切られた。
運が悪かったと思ってあきらめるしかないのだが、とてもつらい思いをすれば、人は立ち直るのにかなりの時間を要する。
立ち直れないまま、父はそろそろ痴呆の歳にきた。

今は過去のことを持ち出すことも少ないが、いまだに私たちに何かしてやれないかと時折考え付いたりして話して聞かせる。とてもやさしい人だ。
しかしそんなことより自分の身を心配してほしいものだと思う。。情けなく申し訳ないことだが、私たち兄弟はいまようやく自分の人生を1人で責任持てるようになったところで、まだ親の世話をする余裕というものをもっていないのだ。

いま父はのんびり暮らしていて、余り精神に波風が立つこともないようだ。
このまま悩むことなく、幸せに行ってほしいものだと思う。
私たちには、滅入らせる話をするあなたを支えてやれる心の広さがなかった。
でもまずあなたが自ら前向きというものを知ってくれないと、私たちの精神力が、磨り減ってしまう。



これは父の話であるが、同じことを私もしているかもしれないと思う。
裏切られたことにこだわり、責めることしかしない。人の世はそういうものだ、しょうがないのだと割り切れない。
いってもしょうがないことをグチグチいつまでも友人に話して聞かせる。
さんざん聞かされて、ふーんと思ってくれていればいいのだが、ひょっとしたら、私と話をするたび滅入っているかもしれない。
割り切れる性格であればよかったのに。人生もっと楽で、たのしいものになるだろうに。
約束を違えられたことを、「ふーん、あっそ。じゃーいいよ」ですませられれば。

ただ私にはその程度ですませられる約束ではなかった。
例えば私にとっては、その約束さえ守ってくれれば、今の彼女と結婚してくれたっていいとさえ思えるものだった。
しかし彼は約束を違えた。
私は怒った。
違えたことにではない。「約束破ったおわびに、あなたのいう通りにするよ」といった彼自身の言葉さえ実行しなかったことにだ。
彼には譲れない一線があったのだが、それを口に出さなかった。最後の最後で、その一線を押し通した。「あなたのいう通りにする」という約束さえ果たされなかったということだ。

あなたのいう通りにするという言葉さえ信じて、そのために私は考え悩み、時間を割き。
その結果が「有限不実行」・・私は傷つき悲しみ狂った。

しかし、彼にとってはその程度のことだったのだ。仕方がない。
また信じた私がバカだったということだろう。
 
 
 

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